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2010/03号

リアリティを持って迫ってくる旧姫路藩士の墓石群

(姫路市景福寺前町)




 羽柴秀吉によってまちづくりが行われ、姫路城下町発展の先駆けとなった船場地区。江戸時代には船場川の舟運により商業・流通のまちとして発展したところで、今でもところどころに往時の繁栄を偲ばせる古い商家や町家が残っている。

 その船場地区の一画にあるのが景福寺。姫路藩主酒井家の代々の菩提寺であった名刹で、境内には酒井忠学(ただのり)・忠宝(ただとみ)・忠績(ただしげ)の夫人の墓碑もあり、趣をたたえた山門、本堂の背後に景福寺山が横たわっている。

 この景福寺山の山裾から山腹、山上にかけては一帯が墓地となっており、とりわけ目を惹くのがかつての姫路藩士たちの墓。草木が生い茂る中を、一かたまり一かたまりとなって墓碑が立ち並び、墓石には文化、文政、天保、嘉永、安政、文久、慶應など、江戸時代後期の年号が刻まれている。

 明治維新後、藩士やその家族は多くが東京に移住したため、ほとんどが無縁仏になっており、中には苔むしたり、崩れかけたり、横倒しになったりしている墓もある。

 墓石に刻まれた姓名もいかにも武士の名らしいし、墓碑銘というのだろうか、故人の履歴や顕彰を刻みこんだ文面の中には「遠祖は上州厩橋にて……」とか、俸禄(石高)や役職を記したものもある。

 よくテレビの時代劇ドラマの墓参のシーンで、まわりの墓がどう見ても近年のものであったり、墓地そのものが整備され過ぎていて興ざめすることがあるが、眼前に広がる旧藩士たちの墓はまさに当時のものであるだけに確かな存在感がある。そこに羽織袴の藩士やその内儀、家を断絶されたり脱藩した浪人姿を立たせてもリアリティがあり、まったく違和感がない。

 さらに山上には、寛保元年に姫路藩主となった松平明矩(あきのり)の墓所もある。酒井家以外の歴代藩主の墓所は書写山円教寺や増位山随願寺にあり、よく整備され今も威容を誇っているのだが、この明矩の墓所だけは五輪塔や墓碑銘こそかろうじて残っているものの、墓前の石扉は見当たらず、まわりを囲んでいるはずの石塀も倒壊してしまっている。想像を逞しくすれば、藩がお取りつぶしになり、荒れ果てたままの主君の墓前で仇討ちを誓う旧藩士、といったシチュエーションも考えられる。

 姫路市民ですらこの景福寺山に姫路藩主や藩士の墓所があることを知る人は少ないが、山上からは姫路城を望むこともでき、意外性を持ったロケ地だと言えるだろう。

姫路へ行こう!今月の話題はこれ

「姫路城の見学について」



 「姫路城大天守保存修理工事」についてお知らせします。

 昨年の10月から準備工事が始まった、姫路城大天守の保存修理工事ですが、大天守の周りを覆う素屋根の建設資材の搬入路となる構台が設置され、城内の一部で見学制限区域ができています。

 4月12日からは本格的に大天守への素屋根建設工事が始まり、約10ヶ月をかけて大天守の下層から少しずつ素屋根を建設する予定となっています。これに伴い4月12日から平成23年春頃まで大天守内部の見学ができなくなります。

 大天守以外の門や櫓、千姫ゆかりの西の丸をはじめ、他の城郭には工事の影響はありませんので、見学ができます。

 尚、工事期間中の平成22年4月12日から平成27年3月末までは、姫路城入城料金が変更となります。

 大人600円 → 400円
 小人200円 → 100円(満5歳以上15歳未満但し中学3年生を含む)

 春の花見の時期は、姫路城や姫路城周辺では、大変混雑な状況が起こります。入城や大天守への登閣が制限される可能性がありますのでご了承ください。

 また、姫路城へお越しの際は、時間に余裕を持っていただき、出来るだけ公共交通機関のご利用をお願いします。

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